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【徒然小噺】駅での一打刻が問う責任(2025.9.8)

ある社員が管理監督者に昇格した。途端に打刻の扱いを独自解釈し、通勤途中でスマホを押すようになった。理由を問えば「もう労働時間規制の対象外だから形だけでよい」と言う。責任ある立場になったはずが、勤怠管理を形骸化させるとは皮肉である労基法41条は、管理監督者を労働時間・休憩・休日規制の枠外に置く。しかしそれは「雇用契約に基づく労働者」であることを前提にした特例だ。一方、役員は会社法上の機関であり委任契約に基づく存在。原則として労働者ではない。両者の違いを誤解すれば、制度の趣旨も見誤る打刻は単なる数字合わせではない。労災発生時の時間確認や、安全配慮義務を果たすうえで欠かせない。労働者である限り正しい勤怠記録を残す義務がある現場は見ている。「駅で打刻してます」と通報が上がり、経営陣はPCの位置情報で裏を取った。画面に浮かぶ改札口のマークは、ごまかしを明らかにした。組織の信頼は、こうした小さな綻びから損なわれていく顧問社労士への相談は切実だった。「どうしたらよいか」。答えは単純だ。少なくとも本人に対し、できれば全労働者に対し、管理監督者の位置づけや勤怠管理の趣旨を正しく理解させること。そして再発防止を明文化すること。管理監督者は、責任と模範を伴うものだ。その自覚を欠いた一打刻は、全体を支える信頼を揺るがす。彼に現場で直接語る機会を与えることを提案した。説明と謝罪と今後の抱負で、僅かでも信頼を回復することを祈って。

※実際に受けた質問や相談に関して向き合った諸々を「新聞コラム形式」で綴りました。

投稿者:山田留理子(特定社労士)

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