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【徒然小噺】失くしたものは契約書か、信頼か(2025.8.28)

随分と前のこと。労務の専門家であるはずの社労士事務所で起きた奇妙な出来事が話題となった。ある所員が、顧問先との間で「常駐契約」を結んだと主張し、事務所の他の業務を正当に拒絶し始めた。顧問先担当者も彼の言動を信じ、頻繁に訪れる彼に業務を任せた。しかし、やがて業務が終わっても席を立つことを許されず、雑用まで指示される始末。叱責されながら働くその姿は、もはや顧問先の社員そのものだった▼使用従属性を巡る、最高裁の大星ビル管理事件は、労働者性を認定する要素として、「時間的拘束」「指揮命令」「叱責」を挙げる▼事務所は不審に思い「契約書を見せて」と尋ねたが、彼は顔色を変え「紛失しました」と弁明したという。再発行を求めなかったそうだから、都合が悪かったのであろう▼住友ゴム工業事件など他の多くの事案でも見られる典型的構図ではある。実態通り「雇用」と判断されれば、労基法はもとより、労災保険や社会保険の適用義務が発注企業にのしかかる。労基署も厳しく対応するはずだ。一義的には、無知や意図ある発注企業側が咎められる▼しかしこのケースは、こともあろうに当該所員の身勝手かつ稚拙さ怠慢さが招来したものであった。顧問先担当者は契約の印象を操作され続け、陥れられたも同然である▼専門家と謳う以上、顧問先の意向を汲みつつも契約から逸れ過ぎず業務を遂行し、啓蒙の役目も胸に、公正な着地を流動的に探りたいものである。仲間の負担にも目配りしてほしい。皆で絶句した話。

※実際に受けた質問や相談に関して向き合った諸々を「新聞コラム形式」で綴りました。

※投稿者:山田留理子(特定社労士)

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