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【徒然小噺】女子更衣室設置に見る、配慮という経営(2025.7.29)

 古参の運送業社長がぽつりとつぶやいた。「女子更衣室を作らねばと思ってな。でも建物の構造上、仮設みたいになる。これでもええんかのう」。その視線の先には、台車を押す若い女性スタッフの背中があった。数年前までは考えられなかった光景だ▼「身体又は被服を汚染するおそれのある業務」に従事させるときは、更衣設備を設ける義務がある(安衛則625条)。しかし、汗やほこりは対象外。つまり、法的には作らなくとも構わない。性別には触れていない。それでも社長の胸に浮かんだのは、目の前の若者たちの働く姿だった▼「きれいで、カギがかかって、安心して着替えられる場所なら、プレハブでも十分やろ」。そう言って社長は、敷地の隅に仮設更衣室を設けた。花柄のカーテン、姿見、簡易ながらもしっかりと鍵のかかるドア▼実は、厚労省もパンフレットで、更衣室について「性別を問わず、安全に利用できるよう、プライバシーの確保に配慮してください」と呼びかけている。法の趣旨は、企業の義務履行ではなく、働く人の尊厳と安全の確保にあろう。「とにかく作った」体裁ではなく、「誰かのために心を砕く」配慮が本質だ▼社長にとってそれは、経営判断でもコンプライアンスでもない。「うちで働く人が安心しておれるように」という、ごく自然で素朴な思いだった。その姿勢こそが、実はもっとも強く人の心を惹きつけている▼古びたプレハブに込められた配慮の新しさが、会社の空気をまた少しだけ変えた。そんな話。

※実際に受けた質問や相談に関して向き合った諸々を「新聞コラム形式」で綴りました。

※投稿者:山田留理子(特定社労士)

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